「はい、ヘラ様」
「レンとアルノルト、それからローゼンを呼んできてちょうだい。目を覚ましたって」
レン? レンってマスターの名前だ。マスターがいるの?
「さて、ちょっと診させてもらうわよ」
「へ?」
ちょ、ちょっと待って! いきなり服も布団も剥がさないで!
「んふふふ」
「あの……」
「いいわねぇ。繋ぎ目も魔力を込めないと判らない。我ながら惚れ惚れする出来ね」
左腕を摩りながら、恍惚とした眼をしないで。この|女性《ひと》怖い。
「ちょ、そこ、やめっ……くふっくくっ」
くすぐったい! 撫で回さないで!
「ああ、ここは生身だったわね。ほんと繋ぎ目が綺麗だわ」
なに? なんなの? 僕はなにをされてるの?
「やだ、そんなに構えないで。施術の確認をしてるだけだから」
体温を測って、針のような器具であちこち突かれて、指の動き、脚の動きを指示しては、それを紙に書いていく。
「ねぇ、あなた、通常なら即死判定されてるところだったのよ。内臓は肺と心臓以外は損失もしくは損傷。骨と筋や皮でかろうじて繋がっていた箇所もあったけど、防御魔法をかけていない部分は全部ダメ。応急措置が施されて無かったら、今、目を覚ませていなかったのよ」
彼女の黒い瞳に僕が映っていた。
服もはだけてほぼ全裸の僕は、まるで人形のようだった。
「女の子なんだから、身体に傷が残るようなことしちゃダメじゃない」
あれ? 怒られるのそこ?
「レイからきいてるわ。いくら男の子として育てたからって、14にもなれば自分が女だってことくらいしっかりと自覚できてるでしょ」
「……はい」
「女はね、いかに美しく在るかが大事なのよ。美しくしなやかに大胆に。どんな戦場に立っても優雅に傷ひとつおっちゃダメ」
この女性はなにを言ってるの?
「なのにあなたときたら! いくら子どもたちを魔獣から守るためとはいえ、自分を犠牲にするなんて。あなたが引き裂かれ血まみれになる様を見た子どもたちがどう感じるのか、考えなかったの?」
……っ!
「考えてなかったのね」
だって、それは、僕はちゃんと皆んなを連れて街に行かなくちゃいけなかったから……。ロイと約束したんだ。みんなで街で会おうって。
だから…………って、あの子たちは? あの子たちは無事なの?
「あの、子どもたちは、どうなりましたか?」
「そこは安心なさい。健康体だったとは言えなかったけど、今はみんな元気にしてるわ」
「そう、ですか。良かった」
みんな無事なんだ。良かった。本当に良かった。
「そんな嬉しそうな顔しない。あなたの状態は全くもって良くはないのよ」
目的地には辿り着けなかったけど、マスターが助けに来てくれた。子どもたちは無事に保護された。嬉しくないわけがない。
ロイ、僕、頑張ったよ。
「あのねぇ!」
「おっかねぇ声上げんなよ」
怒られるって思った時、豪快な低い声が怒気をはらんだ声を打ち消してくれた。
「あら、早かったのね」
「ああ、ちょいと近場にいたんでね」
誰だろう?
「フィオ」
「あ、マスター」
マスターだ、マスターだ。あ、目頭が熱くなってきた。涙で視界が滲む。
「大丈夫か? どこか痛いところはないか?」
「大丈夫。どこも痛くないよ」
嘘じゃない。本当に痛みは感じない。
「そうか。……良かった。本当に良かった」
懐かしい香りと懐かしい腕に包み込まれた。よく知ってるマスターの腕の中は温かかった。
「お前たちが街にいないと分かった時は生きた心地がしなかった。本当に生きててくれて良かった」
そうだ、村はどうなったんだろう?
「お前に話しておかないといけないことがある。が、今は身体の回復に努めた方がいい。後でちゃんと話してやる」
気になることはたくさんある。あるけど、マスターがそう言うならそうするしかない。
「うん。早くマスターの手伝いができるように頑張るよ」
「あ、いやそれは……」
ん?
「お前はレンじゃなくて俺の部下になるんだ」
豪快な声が上から降ってきた。
「え……」
「俺はアルノルト。今日からお前の上司だ」
「……そういうことだ。だからと言って、俺との関係が切れるわけじゃない。いつでも会いにおいで」
部下? 上司? なんのこと?
マスターのあたたかい手が頬を撫でていく。
……あれ? 左頬の一部、正確には左顎から下に感覚がなかったような……。
「はいはい。まだ診察は終わってないの。これから魔導構造体について説明したいのだけど、いいかしら?」
アルノルトと名乗った人とマスターが離れて、代わりに女性と黒いローブで身を包んだ人が僕の側に立った。
「施術しながら説明していくわね」
僕の返事も待たずに、ローブを着た男性が僕の口をこじ開ける。
「さっきも話したけど、あなたが防御魔法をかけていなかった部位は全滅なの。もちろん胃も腸もない。だから食べ物は一切受け付けられない」
「ふへ?」
口を開けたまま器具で固定されているせいで、変な声が出てしまった。
いや、食べられないってどういうこと?
「だから今から喉に術式を付与するの。流動食か水分のみ受け付けるようにするから」
待って、意味わからな……!
「グヘッ、ゴホッ」
男性の指が口の中に入ってきて、舌を思いっきり押さえつけられた。思わずえずいてしまいそうになってしまった。平たい器具で喉奥を押し下げられて、男性の持つ細いペンのような物が侵入してきた。
「動くな。描きづらい」
そんなこと言われても、喉奥に異物を感じて耐えるのも辛い。
これから僕に何をするの?
男性の手の向こうに、紫色の瞳が見えた。彼の瞳に写る僕はとても頼りなさげだった。
喉の奥を異物が引っ掻くような押しつぶすような感覚が絶え間なく続く。思わず逃げようと首を動かしたら、睨まれた挙句、誰かの大きな手で動けないようにされてしまった。
マスターはローブの人の向こうに見えるから、きっと僕の上司とかなんとか言ってた人の手だ。
「動くなと言ったっだろ」
もう動けませんけど? というか早く終わって!
「ローゼン、もう少し優しい言い方はできないの? フィオ、大丈夫。深呼吸して。そうそう、上手よ」
解放されたと同時に咳こんでしまった。
「今付与したのは、喉を通った物を全て魔力に変換するものだ」
ペンを布で拭きながら、ローゼンと呼ばれた男性が事務的に説明を始めた。
「ゴホッ。ま、まりょくに?」
「そうだ。君の欠損部分を補っているこの身体は、正確には魔導構造体という。人体の欠損部位を補い、不自由なく過ごせるようにと開発中の代物だ」
開発中? え? 完成品じゃないモノを使ってるの?
「君の身体は実に7割以上がその魔導構造体に置き換わっている。消化器官も含めて全てだ。なのでここに運び込まれてすぐに、君の生身の部分に幾つかの術式を施した。血液が必要な箇所にだけ巡るようにするものと、全てを魔力で補うようにするものだ」
……7割?
ゴクリと喉が鳴った。背筋が冷えて、思わず身をかがめた。
なんとなく漠然と知ってたと思う。自分が選択して捨てた部分。だけど、今、実際に数字で提示されると、怖くなってしまったんだ。
「要は君が今後生きるのに必要なものは、水分と魔力のみということだ」
………………は? 意味がわからない。何言ってるの、この人は。
目まぐるしく思考が動く。
内臓がない。だって食べられちゃったもんね。未だ感覚も音も思い出せる。だから僕が何か食べても意味がない。うん、それは了承済みだ。
ちらっと左腕を見た。それからお腹、脚。
触って感覚がなかった部位だ。
そうか、これは作り物の身体なのか。だから体温も感覚もないんだ。
右手で頬を触って、そのまま首、鎖骨、胸へと動かした。温かい。ここはまだ生きてる。
目を瞑って深呼吸をする。胸が大きく動いている。そして心臓の鼓動を感じる。
温かい。ここはまだ生きている。
……でも、この生きてる部分は、魔導なんとかの影響を受けてないのかな? ここはまだ、僕のままなの?
「生身の部分には栄養が必須だけど、もうあなたにはそれを生成する能力はない。だから栄養を魔力で補うことにしたのよ」
だから喉に魔力変換の術式を施したんだ。
そっと右手で喉に触れてみた。温かい。
「あなたが寝てる間に施しても良かったんだけど、起きてからの方が意識付けしやすいってローゼンが言ったのよ。経口補給せずに他の方法で魔力補給も考えたんだけど、ローゼンが経口補給は生き物として必須だって言い張ったから、苦しい思いさせちゃったわね」
「当たり前のことだろう! まだ14歳なんだぞ! 魔獣や魔物ですら経口補給しているんだ。医療従事者が、生きるという行為をぞんざいに扱うなと言ったんだ」
「ほんっとそういうとこ、頭かたいわよねぇ」
苦しかった。喉奥にゴリゴリと違和感を感じまくるのは、もう2度とごめんだと思う。
思うけど……そうか、僕、まだ飲み込んでいいんだ。条件付きだけど、味わってもいいんだ。
「フィオ、大丈夫か?」
「はい」
どういう仕組みで生身の部分を維持させているのか、僕には全く理解できない。
だけど、僕は生きてる。
これからこの身体がどうなって行くのか分からないけど、僕は生きている。
今はそれだけでいい。
早くキミに逢いたいよ、ロイ。